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札幌高等裁判所 昭和58年(ラ)6号 決定

抗告人 井田英雄

抗告人代理人弁護士 馬杉栄一

相手方 上原満

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一、(1) 抗告人の求めた裁判(本件抗告の趣旨)

(イ)  原決定を取消す。

(ロ)  相手方は抗告人に対し、別紙物件目録記載の物件(以下、同目録(1)、(2)記載の物件を「本件不動産」という。)を引渡せ。

(ハ)  申立費用は原審及び抗告審とも相手方の負担とする。

(2) 抗告の理由

別紙記載のとおりである。

二、当裁判所の判断

(1)  本件記録によると、相手方が、本件競売事件の差押の効力発生前である昭和四九年九月ころその競売手続上の債務者兼所有者であった株式会社上原産業からその所有の本件不動産を買受けて引渡を受け、以後これを占有している旨の原決定の判断は、これを肯認し得ないわけではなく(右売買が不成立であり、あるいはこれを無効とすべき明確な証拠は存しない。)、また民事執行法一八八条の準用する同法八三条一項本文所定の権原による占有とは、用益権の設定を受けて占有する場合に限られず、所有権を譲り受けて占有する場合をも含むものであり、かつその権原は必ずしも買受人に対抗し得ることを要しないと解されるから、相手方の本件不動産に対する占有が右権原によるものでないとは断定できず、従って相手方に対する本件不動産の引渡命令を求める本件申立を却下した原決定は相当というべきである。

(2)  なお抗告人は、差押の効力発生前に目的不動産の所有権を譲り受け、かつこれにつき所有権移転登記を経由した者に対しては引渡命令を発することができるのに、その登記を経由しない譲受人に対してこれを発することができないというのは不合理であるから、後者の場合の譲受人も前記条項にいう債務者(所有者)に含めて考えるべき旨を主張するが、右の債務者(所有者)とは、不動産の競売手続上の債務者(所有者)又はその一般承継人を指すものと解されるところ、差押の効力発生前における所有権の譲受人も、これにつき所有権移転登記を経由すれば、その登記が競売開始決定前であれば、所有者として競売手続開始決定がなされ、その競売手続に関与するものであり、この場合その譲受人が右の債務者(所有者)に該当することはいうまでもないが、その登記が当該開始決定前に経由されていないかぎり、当該競売手続に関与する者ではなく、かかる譲受人を右と同視することができないと解されるから、その譲受人も右の債務者(所有者)に含まれるとする抗告人の右主張は採用することができない。

もっとも、このように解すると、かかる譲受人は、競売開始決定後に登記を経由した場合においては、かかる権利取得は効力を失い、かつ、登記も裁判所書記官の嘱託で抹消されるという簡易な手続で、譲受人の地位が否定される(民事執行法一八八条、五九条二項、八二条一項二号参照)のに対し、目的不動産の占有については引渡命令の発布が否定されることになり、その間にバランスを失する嫌いがないわけでもないが、これも民事執行法案の審議に当たり、占有者の権原を重視すべき旨の趣旨で、政府原案が修正された経過に照らし、また、やむを得ないものというの外ない(結局、立法上の当否に帰しよう)。

(3)  よって本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法八九条、九五条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 奈良次郎 裁判官 藤井一男 喜如嘉貢)

〈以下省略〉

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